2018.11.09 Friday

二元性について

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    学んだこと。

     

     

    『二元性について』

     

    人間の精神は、生まれたはじめの頃はひとつの大きな絵画のようなもの。

     

    そこにはまだ、自分とか他人というものはない。暖かさ冷たさ、そういうものはみな誰彼に属するものでもなく、ただそこに配置されているだけ。この段階では、精神は言わばひとつの大きなドラマの、視聴者に過ぎない。

     

    やがて言葉が発達し、物事をあれとかそれとかに切り分けるようになると、世界の分離が始まる。”私”と“私以外”という物の見方が生じ、あれはこれではない、これはあれではない、という観点が極限まで強化されていくと、二元論的世界観が生じる。

     

    二元論は、あらゆる分離を明確化する。右と左、男性と女性、善と悪、光と闇、などなど。二元論的世界観の中では、人間はやることが多い。良いものを求め悪いものを削り落とすために多忙になり、ストレスや苦しみも多い。

     

    その多忙さの中で経験が蓄積されていくと、いずれはこの二元性は終わりを迎える。すべきこと、できること、本当の正義と心の底からの願望。こうしたものを追い求め、課題と障害に直面していく中で必然、その対立構造が幻想であったことに気付く。

     

    敵意は慈悲心に変わり、邪推は共感的な親密さに変わっていく。この段階では善も悪も存在しない。すべてがただあるがまま、そうある、ということを受け入れるようになれば、苦しみの性質もずっと穏やかになる。

     

    このように、二元論は最終的に一元論的な性質のものに変わっていく。人格や意志もまた、それに伴って一元性のものに変じていくだろう。

     

     

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    2018.11.08 Thursday

    神とは何か

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      学んだこと。

       

       

      『神とは何か』

       

      ”神”が私たちのように、人格のある何かであるとは思えない。

       

      それは今日この日、今この瞬間も脈々とこの世界を存在させ続けている何らかのエネルギーである。

       

      より卑近な形としては、”神”は時間や空間といった自然法則そのものとして受け止められる。

       

      純粋に宗教的な見解を分析し理解する際には、その中で”神”が語られる箇所を全て”真理”という言葉に置き換えても良いだろう。

       

      だがなぜ、”真理”ではなくあえて”神”という言葉を使う必要があるのだろうか?

       

      それは、”真理”という概念が静的な言わば死に絶えたものであるのに対して、”神”は今なおこの世界を通して、生き続けている真理、というイメージを持つからである。

       

       

       

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      2018.11.07 Wednesday

      信仰について

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        学んだこと。

         

         

        『信仰について』

         

        律法の時代があり、信仰の時代があり、そして疑いの時代がある。

         

        神の存在を信じないからといって、その人に敬虔さが欠けているとは言えない。

         

        むしろその逆であろう。

         

        法の出所を信じもせずに「守る」と言うから、結局、守らないことになる。

         

        良く疑いもせずに「信じる」と言うから、結局、信じないことになる。

         

        そういうわけで、法を守ることは信じることよりは劣り、信じることはなお、それを疑うことよりは劣るのだ。

         

        私たちは最早、神を信じるというよりは、疑うべき時にある。

         

        疑いは否定ではなく、むしろ好奇心や確かさのようなものであろう。単純な否定は、信じることと同様、ありもしないものに妙な形を付け加えることのために役立つ。

         

        だから私たちは、神を否定するのではなく、それを疑わなくてはならない。

         

        だがどうして私は、このように大胆なことが言えるのだろうか。その理由はひとつしかない。

         

        真理である神は、私たちがいくらこの小さな人の身で疑ってみたところで、土台、揺らぎようがないからである。

         

        ちょうど神を罵ったヨブが他の誰よりも義であるとされたように、もしも私たちが神を疑うなら、それでますます、神の疑いようないことが、目の前にはっきりしてくるであろう。

         

         

         

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        2018.10.23 Tuesday

        恋愛について

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          学んだこと。

           

           

          『恋愛について』

           

          男は女にとって、女は男にとって、永遠に不満の種であり続ける。

           

          なぜなら異性に対する恋慕の感情の本質は、神への郷愁だから。

           

          私たちは本当は、異性を通して、神を求めている。

           

          私たちは、ひとつの意識的存在として、この世界全体から切り離されている。元々は絶対全能であったところから、非常に小さな肉体の中へと追い出され、相対化され、制限されている。

           

          そして切り離されたことを不安に思う。寂しくなり、心細くなるので、自らの存在の不足分を満たしてくれる何かを求める。

           

          もしも私たちが女性として生まれたなら、一見、その不足分は特定の男性との関係によって完全に満たされ得るように思える。

           

          けれどそれは幻想だ。一人が二人になったところで、この世界全体から切り離されていることには変わりがない。

           

          だから私たちは本当は、異性を通して、”自分以外の全世界”を求めている。そういう要求に応えてくれる対象など生憎存在しないだろう。

           

          ならば恋愛や結婚は不要なのか、というとそうでもない。もしも私たちが男性として生まれたなら、その男性として偏ってしまった心に何らかの補正をかけてやる必要はあるからだ。

           

          異性と関係すること、その良い面も悪い面も共有してお互いに向き合っていくことは、結局のところ、各々の人格を成長させ、神に近付くことになる。

           

          それが異性でなくとも良い。重要なのは、この制限された世界で何かしらの制限された対象に我々が情熱を注ぎ、それを信じつつも常に失望し、不満を感じ、乗り越えて、いくいくは完全な心の形を成形することであると思う。

           

           

           

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          2018.10.21 Sunday

          バウンダリーについて

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            超実存理論の根本概念。

             

             

            『バウンダリーについて』

             

            考えたことがあるだろうか。「どうして他の時代の他の誰かではなく、この時代の、”この私”なのか?」

             

            答えは私たちが、人間一人分の閉じた宇宙に生きているから。

             

            私たちの精神を構成する色、音、感触、匂い、味などの知覚はいずれも、ある一匹の生き物が自分の生命を維持存続するために作り上げた機能だ。

             

            生命が、それを維持存続するための機能。それによって作られた、心。

             

            つまり私たちの心は、普遍的で公平なものというよりはむしろ、エゴイスティックなものだ。

             

            ある生き物の「自分を生かしたい」という想いが、私たちのこの精神を全体的に包み込んでいる。

             

            これがバウンダリー。分断された、生物一匹分の心、意識。

             

            バウンダリーの外には物質世界があるが、それは色や、音や、感触によって知覚することはできない。知覚こそまさにバウンダリーを作り上げているものだからだ。

             

            物質世界は、ただ”予感”することができるだけ。これは、光を吸い込んでしまうせいで決して”見る”ことのできないブラックホールの姿を、人類が様々な方法を用いて”想像”しつつ表現してきたことと似ている。

             

            物質世界の上には、たくさんのバウンダリーがある。多分、生物一匹一匹の全てがバウンダリーを、自分自身の宇宙を持っているのだろう。

             

            人と人とが出会い、関わるとき、それはバウンダリーを通して、物質世界という共通基盤の上で、ある個別の宇宙と別の個別の宇宙が干渉しあっているのだ、という風にも言える。

             

            無論、人間同士だけではなく、人と動物も、あるいは植物、もしかしたら鉱物とでさえ、その宇宙同士は干渉しあっているのだ。

             

             

             

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            2018.10.20 Saturday

            男女について

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              学んだこと。

               

               

              『男女について』

               

              男性と女性には同じだけの価値がある。けれど、男性と女性は同じものではない。

               

              脳の大きさが違う。免疫の強さが違う。何より子を産む、産まないの違いがある。

               

              男女の善し悪しを論じることはやめよう。そしてもし誰かが「男性は女性より優れている」と思うなら、それはまだ考えが浅い。

               

              男女の対立は、知性と生命の対立。

               

              私たちは生物だ。遺伝子を通して生きている生命の木にとって、要求を司る女性は幹、適応を司る男性は枝葉のようなものだ。

               

              女性はあふれ出すもの、男性は引き締めるもの。カオスとロゴス。混沌と秩序。生命と知性。心と頭。

               

              本当に大事なことは、一人の人間の中に宿る「知性と生命」が手を取り合うことだ。

               

              そして自らの内なる男性性と女性性を共に受け入れ、調和させた人間こそ、真に健康な人間なのだと言える。それは肉体が男であるか、女であるかに左右されない。

               

              だから男性は、自分の中の生命を忘れてはならない。

               

              そして女性は、劣等感を抱いてはならない。生命は混沌として醜いものだ。それは男女の別を問わず、自然本来の姿だ。男も女も、共にこの醜い生命というものに繋がれている。その点を見抜くことができれば、今まで醜いと思っていたものの、本当の意味がわかる。

               

              最後に、愚かなフリードリヒ・ニーチェがまだ息の根を止めていない時のために、この一文を付け足しておく。

               

              知性は生命を超えることなどできない。だがあなたはこれに対する反論を考えはじめるだろう。道化師よ、そう考えているものは何か?見ているものは何か?聞いているものは何か?感触を味わっているものは何か?

               

              自分で自分を自分以外に変えることのできる者など、果たしているだろうか?

               

               

               

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              2018.10.19 Friday

              学ぶこと

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                とりとめもない思想や、世の中から学んだことをいくつか。

                 

                 

                『学ぶこと』

                 

                学問は、人を幸せにするためにある。

                 

                どんなに小さな気づきや発見でも、その知識で誰か一人を幸せにできたのなら、それは立派に「学んだ」と言える。

                 

                反対に、どんなに高く優れた論理を見たとしても、それを実際に自分で操り、誰かの為に実用の形にできるのでなければ、「学んだ」とは言えないだろう。

                 

                いたずらに「難しいこと」を知るのではなく、「学ぶこと」を覚えよう。

                 

                簡単なことから始めると良い。簡単なことは身に付きやすいので、学びが多いからだ。

                 

                反対に、それがいくら難しい高等なものであっても、学問を究めるための学問などは、ただただ空しいものだ。

                 

                自分自身も含めて、より多くの人を幸せにするということが、学問において何よりも大事なことだからだ。

                 

                 

                 

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