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2018.08.01 Wednesday

The course of truth never did run smooth.

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    方向性ってものが必要だ。

     

    納棺は毎回、現場の状況が全くと言って良いほど違う。マニュアル通りではちゃんとした仕事はとても網羅しきれない。だからいつもその場その場での配慮が必要で、配慮するためには、意味と、目的と、その方向性ってものが必要なのだ。

     

    現場でどちらを向き、何を成すか。そこに正解はない。ある意味納棺師ごとに違い、だから納棺師の仕事には個性やその人の考え方が否応なく表れてくる。

     

    私は心理的なケアを優先する。ご遺体というよりいつもご家族の方を向いて仕事をしてきた。Detox(毒抜き)とIntake(取り込み)。むごたらしい病苦の泥沼の中に沈んでいるご遺体をそこから引き上げ、安らかなお姿を取り戻して、ご家族の前にお帰りいただくこと。汚れは我々が払いのける、ご家族には「死」という対象喪失の現実を受け入れる大切な仕事があるから、そちらに専念していただく。

     

    これは私なりの考え、一例。正しいかどうかはわからない。しかしその信念に則って進んできた。現場では様々なことが起こり、その中で必ず迷う。だから方向性ってものが必要だ。

     

    そしてその同じ信念の延長線上に、カウンセリングという今のこの仕事をやらねばという想いが、ある。

     

     

    記事のタイトルはシェイクスピアから少しもじって。”真剣だからこそ、難しいのだ”。

     

     

     

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