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2019.01.31 Thursday

納棺と肌

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    納棺のこと。

     

    今日はとても寒い日だった。昼頃、少し雑巾で拭き掃除などして、水洗いで冷えた手を日向でこすり合わせていたのだが、そんなことで不意に、ご遺体の肌の感触を思い出したりした。

     

    冷たいご遺体は、何とも言えず悲しい感じがするものだ。

     

    それも浴場や雨降る屋外など、水気の多い低温環境で亡くなられた方の場合は特にそのように思う。

     

    そうした環境では、亡くなった直後から急激に体温が下がり始める。普通、死後の体温低下は緩やかに進むものなのだが、状況次第では脂肪細胞の余熱を上回って、一気に死冷は進む。

     

    そういうご状況で亡くなられたご遺体は、触った瞬間に何となくわかるような気がする(気のせい、かもしれないけれど)。それは多分、体温の低さと皮膚の乾燥の具合はある程度比例するものだということを、皮膚感覚的に覚えているからではないか。

     

    時間を経てゆっくりと冷却されたご遺体は、乾燥してさらっとしているのだ。だが、死亡直後から体温が下がりきった場合は、皮膚がまだ水分をまとっているのに、すでに触れれば凍りそうな冷たさが肉体を満たしている。

     

    乾燥した肌の冷たさは、何となく砂を思わせる。それは、ああ、人が本当に死んだんだな、という納得を私たちに抱かせもする(だからこそ、死化粧後の旅支度を通して家族が故人の肌に触れる瞬間が必要なのだ)

     

    けれど、湿った肌の冷たさは何というか、もっと、悲しい。悲しい感じがするものである。それはまだ此岸から彼岸へと渡りきっていない人の、生の苦しみとは無縁の所に旅立った人々とは別の、何かまだこの世の片隅で凍えているような共感的な寂しさを感じさせるものなのだ。

     

    個人的には、現実を言えば料金的な兼ね合いもあって、お湯で遺体を洗い流す湯灌というのはあまり時代にそぐわない過剰なサービスだと思っている。しかし、そうだ、こんな寒い日には、思わず『最後にお風呂ぐらいは』と口をついて出てきてしまうご家族の、その気持ちは何とも言えずしんみりと理解できるものである。

     

     

     

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