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2019.02.14 Thursday

Black as White

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    心理学に、観念の『徹底操作』という言葉がありますが、あれ、どこまでやったら『徹底』なのでしょうね。何か基準のようなものがあるのでしょうか。ありそうな気もするのですが、浅学な私にはとんとわかりません。

     

    さて人の心を徹底操作する、などと言うと、何だか乱暴に押さえ付けるような印象がありますね。北風と太陽の昔話で考えたら、それは北風のやり方であって上手くはいかないという結論になるでしょう。(ちなみにあのお話しには本当は前段落があって、良く知られた二回目の勝負では太陽が勝つけれど、実は一回目の勝負ですでに北風は太陽に勝っているらしい。お話しが述べたい教訓は”適材適所”であって”相手を喜ばせることが大事”ではないのだという)

     

    しかし私は個人的には、北風のやり方が好きな人間です。頑固というか、ゴリ押しというか、そういう性分です。

     

    心理ということに対しても同様で、私の心理学における信念は『理解して制御する』こと。

     

    (私が)理解して(私が)制御する。

     

    そこには結局を言えば、自分の考えで、自分さえ良ければという基準で、自分自身の手で他人を変えてやるのだという強情な思惑が巣くっています。

     

    この強情さというものを個性の中に強力に抱き込んで、理解して、制御するのだ、という考えで私は生きてきたわけですが、不思議なことにこうも年を取るとその性根の悪さ、負けん気から出る意固地さが、別のものにも成長するみたいです。

     

    私は負けるのは嫌なのです。被害者になるより加害者でありたいのです。

     

    だから必死に、理解しようとするのです。わからぬままでは終わらせないぞ、絶対にこの手で現状を変えてやるぞ、と。

     

    それで何度も何度も仮説を立て、これも違うあれも違うというように理論を上書きし続け、人の心や世の中の実相に食らいついて放さず、必ず理解して、最後には私が制御するのだ、と執念を燃やし続けている内に・・・

     

    何のことはない、ただただ単純に、私は世の中の色々なものをあんまり積極的に眺めた結果として、ごくごく物わかりの良い、現実をわきまえた丸っこい性格の人間に落ち着いてしまったのです。

     

    いやはや、人間一人など変えるのは容易ではない。何なら自分さえ難しい。他人の生き方には自分の人生と同程度の重みがあって、見れば見るほど飽きもせぬ極彩色の現実味を備えている。地面から出た小石の頭が、掘ってみたらショベルカーでも動かせないような大岩だったと。日々そんなことばかりを思うのです。

     

    人は社会の繋がりの中から生まれる。個人を変えるということは、ともすればそこに繋がる社会全体を変えるということにもなりかねません。

     

    理解して制御する。そのシンプルな性悪の行き着く先が、もっともっと世の中を広く知って、もっともっと一つ一つを慎重に大切に扱わねばならないのだという丁寧さと寛容さの境地、なんてものだとしたら、ひとつ落語の一席でもやれそうなほど、滑稽な物語ではないでしょうか。

     

     

     

     

    黒か白か。良くこのことを思うのだけれど、強い日の光の下では純粋な黒と白とは見分けがつかない。人間の心も同じように、邪悪さも突きつめれば最後には透明になる。完全な能動は完全な受容に等しい。

     

     

     

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