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2019.03.07 Thursday

たった一つの正しいやり方

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    『タクティクスオウガ』のこと。

     

    スーパーファミコンのゲームで、政治的なシリアスなストーリーと緻密な戦略システム、異常なまでに豊富なやりこみ要素などで伝説となった作品です。その後も別のゲーム機でリメイクされています。

     

    これをはじめてプレイしたのは多分小学校5年生くらい・・・このゲームも、私の短い人生の中でかなりの時間を費やしてプレイしたゲームでした。

     

    さて、そのゲーム全編通して素晴らしいシナリオの中でも、私が一番好きなのはこの場面です。

     

     

     

     

    同名の紛らわしい二人の騎士が議論をする場面。主に悪役が彼の主張を語るのですが、その論理のラディカルな感じや謎の迫力みたいなものは、良くわからないけれど子供の私に衝撃を与えたのでした。

     

    大人になって、この二人の内のどちらがより正しいか、ということを今更考えるに、こんなことを思います。

     

    それは、論理としては、実は悪役である黒騎士の方が正しいということ。白騎士は何の根拠もない期待を抱いているだけ。種としての人間はその進化の系統から考えて、普通は支配者や管理者の配下に置かれて生きることを、心のどこかでは求めるものです。

     

    そして、世の中のほとんどの人は自分の考えで生きるのではない、というのもまた事実。私たちは社会に依存して生まれ育ち、社会のしつけ糸を通して自己形成をするのですから。

     

    人間には支配者が必要です。誰かに管理された人生を送ることが必ずしも間違いとは限らない、というのも真実だと思います。

     

    ですが、その論理的正しさというものを踏まえた上で、じゃあこの白と黒のどちらにつくか、と言われれば、私は白い方の肩を持つと思います。

     

    なぜなら論理以前の問題として、黒い方は世界や人間のあり方に対して憎しみと怒りを抱いているからです。そしてどちらかと言えば、白い方は人間というものを愛して、上手くいかない部分もすぐには切り捨てず、そこに何とか納得のいく理由を見出そうと努力しているように見えます。

     

    論理ではなく、感情なのです。結果ではなく、動機が重要だからです。

     

    現実を否定するクセを身に付けた人間は、必ず事実を見失っていつかは狂気の中に落ちていきます。苦しくても、不都合でも、受け入れること、目を背けないこと、答えを焦らずに、ありのまま世界を共有すること。それが現実に適応していくための最初の一歩ではないでしょうか。

     

    だから、白い方がより愛があり、黒い方は憎んでいる。長い目で見れば、黒い方は必ずいつかは対応を見誤り、見限られ忘れ去られてしまう。

     

    愛か、憎しみか。それだけが問題です。愛だけが、たった一つの答えなのです。

     

    そうそう、黒い方の意見の方が、論理としては正しい、ということを言いました。動機さえ違えば、管理したりされたりすることが、直ちに悪いのではないかもしれない。

     

    そんなことを悩まされた近頃の映画が一つ。これもまた中々良い映画でしたね。

     

     

     

     

     

     

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