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2019.03.29 Friday

人生は楽しかったかね?

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    ちょっと前に、『仕事は楽しいかね?』って本が流行りましたよね。私その本、読んでないんですけども。そんな雰囲気で今日は記事タイトルを決めてみました。

     

    私はもう、三十何年という時間をこの世界で生きました。ああもう十分だな、と思うことが多いです。

     

    別に嫌気が差したわけではありません。そんなに疲れているわけでもないのです。

     

    そうではなくて、『ああ、楽しいなぁ』と思うのです。近頃は、春だから特にですかね。

     

    一応、その道の専門家として、死ぬってことについては人一倍考えてきました。それで怖いということはありません。私たち現代人は、あまりにも死を怖がりすぎているように思います。

     

    ちょっと野原を歩けば、生も死も世界に満ちあふれている。この地球という星で、毎日一体何億何兆の生命が、生まれては死んでいくのでしょう。考えれば当然のことです。生きて死ぬ。死ぬるからこそ、生きれるのです。

     

    であれば生とは、祭りの縁日のようなものかもしれません。お祭りっていうのはどこか切ないものですね。わくわくして、半ば暗闇の中で、ゾワゾワして、期待を膨らませている。

     

    誰だって、楽しもうと思ってお祭りに来るのです。何かしらの楽しみを見つけようと思って。街灯に目を眩まされた夏の蛾のように、惹き付けられて、追いすがって、でもようやく辿り着くぞと思える瞬間、一歩踏み出したらそこには何もなくて。

     

    だまされたみたいで、でもまた、遠くに光る場所が見えて。

     

    何となく何かを期待して、でもいつも裏切られて切なくて、それがああ、人生ってそういうものだよななんて、大人びて考えてみたりもするのです。

     

    人間、楽しいな。色々あるな。こういう気持ち。

     

    それは何だか、暁を覚えず。春の長閑な心地良い昼寝が、続くともなく続いている中に、心だけ覚めているようで。

     

    素寒貧に吹きさらされたこの身も、ふと耳に祭り囃子が遠く聞こえれば、酔い心地また固い地面を踏みしめ立ち上がって、さては今、いずこなりへと、手の鳴る方へ・・・

     

     

     

     

     

     

    『私たちは出来るだけ昔のように自然な暮らし方をしたいと思っているんだ。

     

    近頃の人間は自分たちも自然の一部だということを忘れている。自然あっての人間なのに、その自然を乱暴にいじくり回す。俺たちにはもっと良いものが出来ると思っている。

     

    特に学者らは、頭は良いのかもしれないが、自然の深い心がさっぱりわからない者が多いのには、困る。その連中は人間を不幸せにするような物を一生懸命発明して得意になっている。

     

    また、困ったことに大多数の人間たちはその馬鹿な発明を奇跡のように思ってありがたがり、その前に額づく。そしてそのために自然は失われ、自分たちも滅んでいくことに気がつかない。

     

    まず人間に一番大切なのは、良い空気、きれいな水、それを作り出す木や草なのに、それは汚され放題、失われ放題。汚された空気や水は人間の心まで汚してしまう。』

     

    なんとシンプルで美しい、人間の清き心の正しさよ。しかし現代となってはせいぜいが、落伍者の湯飲みに浮いた茶柱か。それもまぁ、悪くはないもんである。

     

     

     

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