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2019.04.01 Monday

悟る人々

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    悟りを開く人々について。

     

    この悟るということ。これは今まで人類にとって、特別なことだったと思います。

     

    最初の智者がいつ何処で生まれたか、それはわかりません。その後紆余曲折を経て、我々の眼前にはっきりとこの特別な段階の人間が現れるのは、歴史の中のキリストやブッダの時代。

     

    当然、先へ進んだ彼らはその知識と見解を世に広めるべく努力して、ちらほらとそういうものを受け継ぐ人々が世に現れてきた。

     

    近代では、クリシュナムルティやラジニーシ、ラマナマハルシなどのインドの伝統を汲む聖者たち、それからマザーテレサやシモーヌヴェイユ、金子みすずなどの信仰を完成させた人々の姿があります。

     

    少しずつ流れは加速して、だんだん人類の中にそういう人々が増えている。

     

    そして幸か不幸か、まさにこれからのこの日本という国の中に、そうした文化が更に花開く土壌が実はある。

     

    そういう潮流の鍵になるのは、俗に『氷河期世代』と呼ばれる人々なのではないでしょうか。

     

    何ら劣る所の無い才能を、時代の気まぐれによってまっとうな経済社会で発揮する機会すら与えられず、世の中の隅に押しやられてきた人々。その人々は世界の不条理とか歪さ、信用するに足りない社会規範の本性などを、よくよく見抜いている。

     

    泥の中に蓮が咲くように、茨の下に仔羊は捧げられるように、世界の悪の側面を見つめた人は、この世を本当に愛することができる人でもある。もしも善だけ見知ったが故に愛するのだとしたら、その人は世界の半分しか愛することができない。

     

    俗っぽく言い換えれば「苦労は買ってでもしろ」ということですが、所詮自分で買った程度の苦労では、人間の人格は大して磨かれたりしない、という風に見ることもできるでしょう。

     

    氷河期を生きた人々。決して少なくないその人たちの中には、次の段階に進む準備を整えている原石が、数多く眠っているに違いない。

     

    平凡なはずの普通の人たちが、当たり前に悟りという段階に到達する。そういう社会で一体何が起きるのか、想像するだけでもぞっとするけれど、それはきっととても楽しい世界であることは間違いないでしょう。

     

    歴史の中の実績を基に、個人的な素質を加味して考えると、私が智慧を開いた年齢はこれまでの人々より驚くほど早かったのではないかと感じる。

     

    そこにもし何かしらの意味があるのだとしたら、それはきっと洪水の終わりを知らせる一羽の鳩が天から遣わされたように、早咲きの声を持って世に時節を知らせるため、なのではないかと、そんな空想をするのです。

     

     


     

     

     

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