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2019.04.02 Tuesday

正なるもの

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    正しさとは何か。正常とは何か。

     

    このことを考える時、頭に浮かぶのは禅の言葉。

     

    『長空に剣を振るう』

     

    (元は『剣を長空に』らしいけれど、語呂が悪いのでこう覚えた。)

     

    以前何かの本で、居合いを学んでいる心理士だかが、『自分の迷いを切る』ようなつもりで剣を振るう、というようなのを読んだことがある。

     

    心理の世界は深い予測と期待、そして失望の世界でもあり、治療といいつつそう簡単に”治る”ほど人の心は安くない、ということもある。

     

    だから、ひたすら迷う中で迷い続けつつも処置をしなければならない、という状況に追い詰められたキャラクターの心中を表す描写として、この『自分の迷いを切る』というのは確かにわかりやすい。

     

    しかし、それではまだ完成ではないなと思う。それは今一歩、完全な所へは辿り着いていない。

     

    多分、そのように多分な迷いをはらんだ世界で”正しく”あるというのは、もっと何というか、受け身が取れていないと、押し潰されたり押し流されてしまうような気がする。

     

    『長空に剣を振るう』

     

    そういう感覚が必要だと思う。

     

    全体としては、迷っている。何を切るということでもなく、無為である。大らかで、無目的で、和らいでいる。

     

    そしてその全体としては迷いつつも、その中で、敢えて鋭さを磨き上げていく。

     

    無意味と無意味、迷いと迷いのぶつかり合いで生じるその濃淡の中に、滑らかに、柔らかく、戸惑わず刃を滑り込ませる。

     

    全体としての完全な迷いの中に落ちきったところで、その場所でだからこそ、行く当ての無い鋭さにただただ身を委ねる。

     

    (迷いへの完全な没入を可能にするのは、ただ一重に強固な”信心”だけだろう。天地万物を作り出す真理への信頼。変わらぬ秩序があるという深い信念。例え今回この宇宙の、時間空間の物理法則が儚くほどけていく時がきたとしても、その時でさえ、不変不滅の原理が宇宙の中心には渦巻いているのだという、強い予感を持つこと。)

     

    ストン、と刃は落ちる。脱力して、滑らかに無為を切り裂いている。結末は簡単だ。ただ起こることが、起こるようにして、起こる。

     

    正しさとは、多分そういうものだ。そういうものであるような気がする。

     

    正しさとは無為自然だ。正しさとは、迷いに身を委ねて、その輪郭の中に真っ正直に滑り込むことだ。

     

     

     

    剣を、長空に振るう。

     

     

     

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