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2019.04.08 Monday

anything glitters

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    引き続き、信用の話。

     

    社会で売り買いされる”信用”の中でも、最も安定して高値がつくのは”学歴”ではないだろうか。

     

    学歴というのは、何を保証するものだろう?

     

    それは人格や、技術習得の能力を保証する、或いは、世間への適応力や共感力を保証するのか。

     

    多分、違う。

     

    学歴というのは、それが社会的に選別された品種であることを保証するのだろう。

     

    ある程度の知的才能と、家庭の経済力、両親の教育意識や人脈などの相乗効果が生み出す結果として、その個人が振るいに掛けられた優性種であることを証明する何かなのではないか。

     

    (或いは、ある程度の振るいに掛けられても、『耐えられる』条件を持った個体であることを証明する――)

     

    何にせよ本質的に重要なことは、”選別された”という事実であって、その当人が学業を行ったとか、どれくらい才能があるかといったことではないのかもしれない。

     

    もちろん、教育や学業はその為だけにあるのではないだろうけれど、現代この社会の中でそのような”保証機関”としての大学の役目が強調され高まっているのではないかということを、個人的な雑感として感じる。

     

    仮にそうだとしたら、この場合、学問とか教育というものは、個々の人間の素質を伸ばすためではなく一人ひとりの能力の限界テストを行うためのものだと言える。

     

    つまり、学問というのは、人間を良くするものではなく、良い人間を選り抜いて悪い人間を削り落とすためのものだということだ。

     

    ハゲタカジャーナル、というのが最近話題になった。誰でもお金を払えば、内容の検証などせずに論文を掲載してくれる学術誌のことだそうだ。お金を払った側は、海外の学術誌に論文が掲載された、ということで社会的な信用を買うことができる。

     

    いかにも私たちの時代らしい商売である。

     

    学歴というのも、もう既にそんなのがあるかもしれない。『私はスイスの大学を出ています』なんて言われると、私たちは弱い。多分、私自身もそういう人の前では、無条件に気後れしてしまうだろう。

     

    信仰とは、保証された期待――

     

    社会的な”信用”の先に、私たちは一体、本当は何を求めているのだろう?

     

     

     

     

     

     

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