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2019.06.08 Saturday

用語の整理

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    少し、思想をまとめておこうと思った。

     

    超実存の理論の柱を成すのは、私たち一人ひとりの精神世界、そのそれぞれ一つ一つを、別次元から生成された個別の宇宙と見なす考え方である。

     

    このそれぞれに個別の宇宙を、便宜的にバウンダリーとか個別宇宙などと呼んできた。(バウンダリー:境界線を形成する境界内容そのもの、という意味)

     

    それと関わる別次元のより大きな宇宙の方(私たちが一般に宇宙と呼んでいるこの世界)を、物質宇宙という語で表してきた。

     

    が、思想が深まるに伴い、こうした言葉の微妙なニュアンスの揺らぎが、ノイズとして感じられるようにまでなってきた。

     

    そこで先ず、語の整理を行いたい。次のように規定する。

     

     

    これまで個別宇宙、第一宇宙などの語も用いてきた私たち一人ひとりの精神世界(バウンダリー)

     

     → バウンダリー、境界

     

    これまで物質宇宙、第二宇宙などの語も用いて表してきた、一般観念における宇宙

     

     → ベーシス、基底

     

     

    以上の通りである。

     

    私たち人間のパーソナリティは、べーシスから生み出されたバウンダリーの中で、言語的能力の補助も得て創発される。

     

    だから私たちは本能的に、自己のより大きな根源としてベーシスのみを拠り頼むような思想を作り上げやすい。

     

    がしかし忘れてはならないのは、私たちは常にバウンダリーを通してしか、ベーシスに触れることはできないという点である。

     

    私たちは言わばバウンダリーという個別の精神宇宙の中に閉じ込められており、そこに自己の存在の中心を置くことで、個体としての在り様を成している。

     

    ベーシスは、遠い王国(マルクト)のようなものである。それは地球や火星や水星という個々の惑星に対する”太陽”であって、私たちの宇宙のフラクタル的な原型でありはするとしても、私たちの宇宙(バウンダリー)そのものを直接規定するものではない。

     

    もしも私たちが超実存の理論を通して世界を見るなら、そのとき、私たち一人ひとりの精神宇宙は、多様で自由な形を取りうるものであることがわかるだろう。

     

    そして、ベーシスのみを根拠とする理論の限界によって、人と人とが、お互いの精神世界を尊重しあえないと言うことも、また減っていくはずである。

     

     

     

    JUGEMテーマ:思想・啓発・哲学

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