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2019.06.08 Saturday

境界的学問と基底的学問

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    宗教思想とか神話などを読み解くにあたって、その実存的な側面についての表現と、論理的な社会の側面についての表現を混同してはならない。

     

    宗教思想における『神』や『天』、『太陽』や『聖戦』などの観念は、私たちが社会的ないし歴史的に認識するところの観念と、語を同じくして別のことを述べる。

     

    それもまた、その観念がより境界(バウンダリー)的なものとして言われているのか、それとも基底(ベーシス)的なものとして言われているのかという所に混乱の原因がある。

     

    宗教や神話における実存領域についての知識は、往々にして、より境界的な世界観について述べている。

     

    それを現代社会の科学的・論理的構造などに比較して検討していては、要領を得ないのは当然と言えよう。

     

    超実存的に言えば、宗教や神話というものの大半は、バウンダリーに関する教学である。対比して、自然科学や人類史学などはベーシスに関する教学である。

     

    境界は、それぞれ一つ一つが個別の宇宙を成す。

     

    この見方の中で私たちが『人生』と呼んでいるものを表すとすれば、人生というものはそれ自体が、一つの宇宙の生成から成長、そして消滅へ至るプロセスである。

     

    宗教や神話などの知識も、より多くこの境界の領域について語る。

     

    例えば『聖戦』とは、人間がその精神の発達史の中で迎える、特別に印象づけられた発達課題への取り組みを指すかも知れない。

     

    或いはまた、『天』とは単なる物理的な空や宇宙の事ではなく、バウンダリーの発展方向に一定の規則を投射せんとするベーシスの、ロジカルな性質を指すのかも知れない。

     

    『死』や『創世』、『死後世界』、『世界の終わり』などの概念も同様に、ベーシスについて述べるときとバウンダリーについて述べるときとでは指している内容が異なるのだ。

     

    私たちはこれまで、境界と基底を混同したまま、それぞれの世界観についての曖昧な表現を、同時並行に使ってきた。

     

    超実存の理論を通してこのような混同を解くならば、生憎打ち捨てられてきた人類の実存的学問の功績を、私たちは改めて発掘できることだろう。

     

     

    JUGEMテーマ:思想・啓発・哲学

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