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2019.06.09 Sunday

超実存とトランスパーソナル 

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    境界と基底との葛藤が始まるとしても、生活形態や現実適応が健全であれば、必然的に境界はゆっくりとではあるが基底の法則性に染まっていくものである。

     

    それがいつ起こるか、どの年齢で、どのような経験を経て、ということは純粋に個人差のあることではあるが、こうした境界と基底の同化プロセスが相当高まってくると、否応なくトランスパーソナルな領域の課題がそこから掘り起こされてくる。

     

    超実存的に言えば、それはつまり自らの存在の根源を、境界の側に置くのかそれとも基底の側に置くのか、という課題である。

     

    もしも私たちが十分な経験を通して、自らの境界と基底を高度に同化する段階に来たのならば、その時私たちは自然に、あらゆる存在の根源は基底にあり、境界はそこに内包されつつも全体の一部として基底を支えている実体なのだということがわかるであろう。

     

    この段階では、パーソナリティの面では”自己”という観念の形骸化や、自己中心性の低下、現実適応力の向上、競争心や自己嫌悪感の減少、他者への寛容さなどが顕著な特徴として表れる。

     

    要するに、この課題を乗り越えた人はもはや自らの境界内容を、他者のそれと比較して特別重要なものとしては見ておらず、自己と他者をそれぞれ独立したものというよりは、基底というより大きな本質の中の対等な要素として見るようになるのである。

     

    一見するとそれは、自分を内包する集団を尊重するために、自らを犠牲にする自己卑下の精神のように見えるかもしれない。

     

    だが実際にはそうではなく、境界を乗り越えた人間は、自らの境界内容を他者と比べて”相対的に”特別視しないということであって、何も自らの境界を劣ったもののように考えたりすることはないし、むしろ境界ー基底間の葛藤に由来する否定的な考えを離れて、境界内容を純粋に受け入れ楽しみもするだろう。

     

    そうした人々は、仮に言葉を通して深く考えたことがないとしても提示されれば、『自らの境界内容も含めてあらゆる境界はそれ自体が基底の実体を形成する』『境界というこの自由な新しい宇宙を生み出し、最終的にまたそれを取り込む、という活動を通して、基底はその豊かさを増していくものである』というような見解にも同意できるはずである。

     

    こうした事情は若干、宇宙の生成観にまで関わることであるが、参考として暗示的に述べるならば、カオスの中に生じたロゴスは、カオスを代謝し続けることでしかその法則性の秩序を維持できない、ということが関連していよう。

     

     

     

    JUGEMテーマ:思想・啓発・哲学

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