<< なぜ言葉は主体的なのか  | main | 悟りと人格 >>
2019.07.23 Tuesday

悟りとは何か

0

     

    物語には尾ひれが付く。折々でその余分な所を落として、話を整理しておくことも大事だろう。

     

     

     

    「悟り」という現象の本質は何か。

     

    それは、言葉を通して考えるクセから脱することだ。

     

     

     

    それによって何が起きるか。

     

    ・この世界のありのままの現実(実存的領域)を認知し、洞察するようになる。

     

    ・意味の地平線を超えて、超意味的な世界観を得る(創造性の領域に足を踏み入れる)。

     

    ・心を束縛する競争心と憎悪(要するに自分への不満、自己否定)が解消される。

     

    ・彼我の境界線が消え、エゴを制御した調和的な振る舞いに慣れていく。

     

    ・より大きな原則(真理)に身を委ね、その中で安寧を感じるようになる(自分を手放す)。

     

    ・主観的視点から自由になることで、認知におけるゲシュタルトの組み替えを容易に行うようになる。

     

    ・より落ち着いた健康な精神を持つ。

     

     

     

    そこに至る手段は何か。

     

    根本的には、クリシュナムルティが述べるように「真理はそこへ行く道のない土地」ということで、定まった何かの方法をやっていれば必ずそれがわかる、というようなものはない。

     

    これは哲学として言えば「(私たちが)何かを求めて、これこれをやり、どこどこへ至る」というような線的な認識の仕方こそ言葉の思考法なのであって、真理はこのような線的な連続性が打破されてはじめて理解できるものだという事情による。(地と図の交代、コペルニクス的転回)

     

    それだからこそ、私たちが真理を理解したければ五感の全てを通してこの世界に良く触れ、教理を学び、考え、あらゆる方向性の精神修養に取り組んでいくのが良い。

     

    実情としては、精神的なショックで脈絡無く突然理解する人もいるだろうし、仏教で瞑想をしてわかる人もおり、信仰を通して理解していく人もおり、科学や論理の追求の果てにそれを見る人も、生まれつきの豊かな感性と優れた文化の交互作用によってそれと知らず身に付ける人も居るだろう。

     

    真理は兎に角無形であり、多様性がある。それは真理という一つの動かしがたい不変のものに対して、私たち一人ひとりがあまりにも無形で、且つ多様である、という事情による。

     

     

     

    JUGEMテーマ:思想・啓発・哲学

    コメント
    コメントする








     
    Calendar
        123
    45678910
    11121314151617
    18192021222324
    25262728293031
    << August 2019 >>
    【 ランキング参加中 】


    Webサイト
    夜ルコト 心理ワークス https://yorukoto.net
    Selected Entries
    Categories
    Archives
    Mobile
    qrcode