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2020.03.15 Sunday

宇津流霊

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    生に縋りつく生者たちの神は、すでに死んでしまったものや、これから死にいくもののことを良しとはしない。当たり前のことではあるが。

     

    だが夜空に張り付いた絵画の中の花火が、本物のそれよりも遥かに感動に乏しいことを思えば、この神が偽りであることをすぐにも理解できよう。

     

    死と、夜と、混沌とが無ければ、

     

    昼の日差しも、温かい生の温もりも、整然と磨かれた秩序の美しさも、

     

    全ては無味無臭の土くれに過ぎない。

     

    死んでいったものや、弱いもの低いものであっても、その全ては素晴らしい。生きているもの、強いもの、高いものであっても、それは価値において変わらない。

     

    存在するということは、即ち変化するということだ。真に変化のない存在があるとすれば、それを私達は無と呼ぶだろう。

     

    変化と存在は同一だ。死と生が、夜と昼が、秩序と混沌がそれぞれ不可分にお互いを支えているように。

     

    その全てから織り出された、この今が、美しい。

     

     

     

    JUGEMテーマ:思想・啓発・哲学

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