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2020.08.17 Monday

根源的暴力

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    「公平・公正な社会」や「法の下の平等」といった理想を掲げる時、あるひとつのことを思う。

     

    理想は暴力を必要とする、ということである。

     

    公平とか平等という概念を各々が共有するためには、その考え方を受け入れない個体や集団を、先ず第一に排除しなければならない。(大昔の貴族は、貴族が平民より上の存在だというわがまますぎる考えを持っていたので、”大人しく”させられた。)

     

    相容れない価値観、不都合な主張などを基本的には武力の脅威で押し黙らせてようやく、私達は理想を実現させる。

     

    そうした暴力を通して出来上がった「社会」の中でだけ、「公平さ」や「法の秩序」は絶対的な力を持ち、正義と成り得る。

     

    だから本質的には、平和だとか人間の秩序というものは、暴力に基礎付いている。

     

    人間の、というより全ての生物の宿命として、そうした「我を通すための暴力」というものがあるのだろう。

     

    暴力なしに理想を実現することはできない。

     

    これは「暴力によって築かれたルールを根拠に、個人の権利を主張する」というような間接的な意味でもそうだし、多分、場合によっては、より直接的な意味でもそうなのだ。

     

     

     

     

    神が人を裁く。その期待に寄り添えたなら、どれだけ楽でいられるだろう。だがそれはもの悲しい幻想だ。神は人間を特別に擁護したりはしない。その盛衰はただ単に、無数にある種の内のひとつの形、ひとつの記録にすぎない。

     

    私たち人間の幸福のために、という意味においては、人はただ、人が裁くのだ。

     

     

     

    JUGEMテーマ:思想・啓発・哲学

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