<< 根源的暴力 | main | 手紙 >>
2020.08.25 Tuesday

上品な処世術

0

     

    生真面目な奴は本当にダメだな、と思う。

     

    昔、介護施設の職員をしている人間が施設を利用する高齢者のことを「あんな奴ら、部屋の中に閉じ込められてわーわー喚いてるだけ」と言っていた。

     

    私は(こいつ、馬鹿だけど良い奴だな)と思った。

     

    彼の嘲笑の顔の中に僅かな怒りが見えたからだ。

     

    生真面目な奴は良くない。時々そういう、真心がありすぎるせいで、自分のやってることを自分で汚さずにはいられない人間がいるのだ。

     

    彼は多分、自分が仕事としてやっているそのサービスのあり方とか高齢利用者の扱い方に、深く傷付いていたのだろう。ただの冷血な馬鹿なら「それが普通だから」と考える。賢い人間ならやっぱり「これが普通ですよ」と言うだろう。普通じゃないと解っていながら。

     

    馬鹿な良い奴は、自分自身の優しさと無責任な冷たい指示の間で板挟みになって、結局自分がやっていることに納得できないから、わざと自分を汚して、悪者にして、それで自分自身の真心を守るのだ。

     

    悪人が他者を馬鹿にしながらサービスをしているなら、劣悪な状況もさもありなんで傷付かない。でも必死に一生懸命やっているはずなのに、その結果が劣悪な状況だったら、底無し沼に沈められるような無力感を感じるだろう。彼はその無力感から身を守りたくて、悪人顔をして笑ったのだ。

     

    そういう奴らは、何かにつけて”自分の手で”決着を付けようとする。子供と無理心中する親とかもそうだ。愛しているからこそ、放棄できない。

     

    悪なんて他人に任せておけば良い。悪いのはそいつらだ。社会が悪いのだ。誰か他の責任者に責任を取らせろ。不具合が起きても自業自得だ。そうやって自分の手だけは汚さずに、自分の悪だけは上手いこと他人に転嫁してしまえる人間が、この世の中では成功者と言われるんじゃないか。

     

    思い違いだよ。「彼らは社会から必要とされていないのだと思った」なんて。自分の手で決着を付けようとするから、周囲の人間の無知や冷たさや無責任さや、そういう悪意まで自分事にするから、一人で悪魔みたいに笑うはめになる。そんなの空回りだ。社会がそう思うなら、無責任な奴らが好き勝手言うのなら、そいつらにずっとそう言わせておけ。肩代わりして自分の手を汚す必要なんてない。

     

    私は社会の様々な領域を見てきた。腐った人間がたくさん居た。

     

    そいつらは大抵、自分では手を汚さなかった。

     

     

     

     

     

     

    JUGEMテーマ:思想・啓発・哲学

    コメント
    コメントする








     
    Calendar
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    2930     
    << November 2020 >>
    Webサイト
    夜沌舎 https://yoton.org
    Selected Entries
    Categories
    Archives
    Mobile
    qrcode