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2018.09.14 Friday

次の現場に間に合いません

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    納棺のこと。個人的に、日本の納棺業界は、構造的に大きな問題を抱えていると思っている。

     

    単純な問題。仕事の形骸化。

     

    納棺業は、人によっては「究極のサービス業」と例えるほど、専門化された知識と高い精神性を要求されるものである。

     

    その業界に集まる人々も、基本的にはそうした重大な仕事を通して人の役に立ちたい、自分の労働に確かな意味を感じたいという人が多い。

     

    が、実際に納棺業界に足を踏み入れてどうか。

     

    あえて答えは聞くまい。

     

    日本において、この納棺という風習が仕事/サービスとして確立されたのはついここ数十年のことであろう。地域ごとの宗教的意味合いを含んだ納棺文化は、特定の人々の生業に置き換わり、資本主義社会の中で経済化され、あっという間に「会社のビジネス」に成り代わった。

     

    急速に経済化される中で、納棺の風習が失ってしまった文化的意味合いはあまりにも大きいように感じる。社長の「営業施策」を実行する「サラリーマン」としての職人たちの眼は、パソコンのエクセルファイル上の施工件数と、売り上げ予算の達成率を追うことに忙しい。

     

    その姿勢と態度はまだ純粋な「職人」でいられる末端の新人納棺師たちの価値観の上に、滴り落ち、侵蝕する。

     

    数年すると世の中の多くの納棺師は、ご遺体の身の整い方やご遺族の満足・安心よりも、むしろ「自分の仕事がどれだけ早く終わったか」ばかりを誇るようになる。

     

    何故か。単純な話なのだ。「会社」はそこしか見ないからである。

     

    そもそもの成果指標が「予定どおりの件数をこなせたか、クレームがなかったか」という程度の貧弱なものであるため、社員の仕事の目標意識はその成果指標に引きつけられて自動的に拙速な方向へと導かれていく。

     

    ビジネスでありがちな「貧弱な成果指標が社員の成長を歪める」問題について、良く知られる解決策は多面的な評価制度を構築することである。

     

    (その昔ある環境保護団体が自分たちの活動を「実施地域の面積」のみで計測していたところ、面積は順調に広がって喜んでいたのに、気付いたら「実施地域における環境破壊レベル」が実はどんどん深刻化していて、大反省した、という笑い話のような恐ろしい話がある)

     

    だが、期待できるのだろうか? 施工件数、売り上げの金額、前年対比の達成度、そういった経済事情こそ最重点課題とする、西洋化されたあまりにも優秀なビジネスパーソンたちに、例えば納棺の「精神的な」評価尺度など作れるのか。

     

    納棺とは、なんぞ。

     

    自然で健全な「あらゆる人間活動の経済化」の流れに逆らって、そういうものに答えられる職業意識の高い納棺師、納棺業の経営者たちが、もっと増えていきはしないか、という奇跡のような絵空事を、この意味の消えた世界で夢のように呟くばかりである。

     

     

     

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